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新国立劇場「さまよえるオランダ人」 ~ 悲劇が浮上しない幽霊譚 [新国立劇場]

hollander.jpg3月14日・新国立劇場・4階正面D席
偶然にも10日後の「タンホイザー」と合わせて作曲家聖地の演目群では最初期2作の連続拝見の前半戦として半月前の予習行事の記憶も朧気に5回上演の中日の平日ソワレへ参戦。世間注目との若手指揮者は3回目ながら全編凝縮とも言える古今で屈指の名序曲では劇場で合った知人には「よどんだ流れ」に映じたバルト海の暴風雨を想像の自然描写、番号制を踏襲の劇中旋律での歌謡性、金高弦低とも言える伴奏音型の沈潜化による音色の立体感、アインザッツの精緻さの何れにも欠乏を極めた惨憺の凪状態の結果として頂点感に未到の結末に本番とは思えない完成度とも拝聴の落胆傾向は前半も継続して「ファル」の金貨が介在の同様場面を彷彿のイタオペ風な低声二重唱での歌唱の輪郭感が茫洋な途中降板の不調の船長役を気遣ってか弦楽器の伴奏音などのピットでの楽調変化による場面描写が皆無な平板感、独唱陣も乗れない生気を喪失の沈滞の音楽が劇場空間を漂流のままに順風感も微弱な木管の装飾音の軽快感とティンパニの再度も強打の滑稽感も湿りがちに終結感の稀薄な意気消沈の男声合唱によって聴衆への配慮目的と言う演出上の措置による一旦の閉幕。後半は青春の息吹を放出の猟師の登場から三角関係の葛藤を伝播のオペラらしい舞台の出現に一転とも拝聴して自身の登場以降は主役とも言える船長娘役は貫禄ながら不安定も併存の大仰な歌唱、対する外題役は登場のアリアでは永遠の苦悩への慟哭表現には欠乏ながら若手らしく精悍な表情と母国の思想史でかつての同世代に蔓延の虚無主義者のような内省表現で中高年歌手とは相違の清新な印象を抱きつつ臨終場面では「ボリス」の同様場を連想の出来映え、その恋敵役は明朗で伸びやかな歌声に好感ながら欲を言えば第5番の二重唱での失恋への懸念や最終番の大詰前での片想い相手への未練は客席には未達のやや残念な歌唱。前月のイタオペ屈指の豪壮後奏に続くドイツ物有数の豪快場面の最高潮でのまさかの震度3と聞く大地も酩酊の共鳴舞踏に昨年を画期の極東列島が直面の新時代を再確認の得難い体験の連続も記憶の休憩以降は気が付けばピットでは番号オペラに果敢に挑戦の若手らしい活力が横溢の想定外の展開に世評の期待に得心の感慨から愛好作も一因の主催劇場では今楽季で最良とも位置付けつつ予定外の楽日での再訪も検討しながら劇場を後にしました。
  「海原も地をも震はせ涅槃西風」 昭成
アフターシアターは、予定店が閉店のために手近に隣接ビルの「信州そば処 そじ坊 東京オペラシティ店」で。
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