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新国立劇場「トロヴァトーレ」(1回目) ~ 聴衆までも「死の国」に誘う徹底性 [新国立劇場]

trovatore.jpg10月11日・新国立劇場・4階正面D席
国営歌劇場の今楽季の開幕公演として運営財団の前任理事長が提唱の「世界に誇る劇場」にしては今世紀ではもはや古色蒼然とも思える演目選定に否が応でも地理的条件を超越の当地のオペラ界での辺境感を再認識しつつ世事を繰り合わせて平日マチネの4日目へ参戦。近年の開幕公演で散見の聴衆対象の変更点も現時点では開幕演目以外のチラシはA3判二ツ折からA4判ペラへの縮減の他には発見できずに本劇場で最も奥まった客席区画に着席すると遠目ながら沙幕には16世紀のブリューゲルの「死の勝利」と推測の絵画に15世紀との筋書の設定年代から2世紀後ながら「ドン・カルロ」の国王の統治期には年間で1万8千人が処刑と聞く画家の出生地と本作の舞台国との治世関係も連想しつつ民間主体の「東京ベルカント祭」への国営施設の関連行事にも擬して10年前とその翌年の本劇場での旧演出以来の作曲家が"ベルカントの集大成"を企図と記憶の画期作の拝聴まで静粛の待機。果たして演出と音楽が揃って開幕興行では主催劇場史に特筆の不出来との印象を払拭できないままの終演となって前者では売り物の新演出はビスカリャ山麓の場面での遠目が幸いの農耕民族には正視困難な舞台全面に類々の屍体四肢模型は米国歌劇場の舞台映像企画の鑑賞経験から文化的相違ともはや受容ながらも演出の基本設計に関わる難点では往々にして新奇性の安易な解決策の常套手段の反面で効果発揮は至難とも愚考の全編に登場の黙役2人は何故か敵対関係の先代伯爵と勝手に解釈の騎馬像から離脱の老騎士と外題役の祖母の錯誤による焼死の幼児の亡霊が前者は一見は狂言回しの役割を付与とも思えるも鈍感な感性からは意図不明な所作に加えて視覚上でも不可避の長駆痩身が難儀を倍加の企画倒れとの解に帰結の公式どおりの自爆的な着想の上に演技指導では導入曲の隊長の独唱に聴き入る兵士の恐怖心が伝わらない棒立ち演出、美術では伯爵陣地の場面での効用感に乏しい老女の中吊り趣向と牢獄の場面での主役の処刑場への昇降機の導入には失笑も湧出して敢えて好意的な観点からは第2部幕切れの主役ペアの逐電を以降は御役後免の侍女が伯爵の凶刃へ擲身の犠牲的殉職との端役活用に本演出で唯一の刮目の他は上演国を意図の和風4点セットとも言える戦場情景を表出の旗指物、放浪民兵士の地下足袋、櫓素材としての枯竹、アリアフェリア宮殿の場面での日本画風の満開桜の背景画を採用ながら実用上で利点と思しき履物以外は何れも発注国への阿諛とも受容の必然性が欠如の違和感に勝って殊に旗指物は黒澤映画を連想するも旗布自体または気流さえも死んだように微動すら生じずに日本人に独特とも思える感性の殺伐感や無情感を表出の風音の視覚化には未到の観客の心情だけが凍える効能を発揮して無用の長物の美術も含めると結果論とは承知しつつも演出関連経費はむしろ邦人演出家の生活費への支弁が順当とも思える程の無駄遣いと愚考。さらに"死"の演出に呼応の伴奏も殊に低減伴奏音での輪郭を喪失の響きとベルカントの生命感に全く欠如の音楽づくりによって音楽の死んだイタオペ拝聴への忍従を強制の上に内実を伴わない厚化粧の豪放な強音、不自然な緩急と"間"の頻出によって本劇場で過去上演の個性の希薄な凡庸指揮者にすら軍配の居心地の悪さを痛感の上に前月に逝去の元芸術監督時代には重視の重唱曲を含めてカバレッタ的部分での繰り返しは総じて省略されてベルカント作品の一大特性と期待の変奏も加えた再奏による高揚感を醸成の機会剥奪によって後半での指揮者の登場で早くも平素は紳士的な平戸間席に鎮座のペラゴロの先達からは複数の非難の掛け声と指揮者か非難者かの発言相手は不明ながら驚愕の日本語での罵声も聞き取れて異様な事態を初体験。さらに開演前には震災以降の米伊の劇場興行での7度の拝見で見慣れた主催者の登壇挨拶では芸術監督が不在のために運営受託の財団の相応者ではなくオペラ部門の実務責任者が代役を務めて隊長役の歌唱不能による控え歌手の代演と本来配役の默演出演が告知されて記憶では初体験の舞台裏歌唱の珍奇性も負の記憶に付加。偶然とは承知しつつも世界史的な天災と人災から半年後の被災国民への国営歌劇場の開幕公演が殺戮死を前面に中途半端な演出劇を持ち込む独人演出家と筋書自体は悲惨でもイタオペ屈指の血湧き肉踊る躍動感にベルカントの楽興にも到達の耳福の境地とは対極の独語圏すら北上の北欧圏で活躍の伊人指揮者の起用自体に近年の本劇場の性格を如実に反映の「東京ベルカント祭」に演目的には一興の選択ながら内容的には全く無縁のイタオペ派を死地に誘う公演成果に1カ月前の節減経費でも大喝采の「セビリャ」とは対照的な暗い気持ちと重い足取りを感じながら急遽に予定のソワレ公演に向けて既に夕暮の娑婆へ劇場を後にしました。
  「丑三つの騎馬像青く冷えまさり」 昭成
アフターシアターは、従って省略。
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